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切符、食、時々長旅。@忍者ブログ

切符レポや旅行記を中心とした、切符、食、時々長旅。(http://arthur8.yamagomori.com/)のサブページ的ブログ。週1回程度のペースで更新。

春の九州鈍行旅2012(その11:豊後竹田→宮地→立野)

[春の九州鈍行旅2012 記事一覧はこちら]

その10の続き
別府を発ち、豊肥本線で大分から豊後竹田までやってきた。
市街の散策を終え、ここからの九州山地越えで特急に乗車しようとホームへ出たところ。キハ185-1001@豊後竹田駅
13:00、特急 九州横断特急3号 熊本行 1073D(キハ185-1001(先頭車) 3両編成)に乗車。
編成は前から自由席2両+指定席1両、全車普通車である。
このキハ185-1001、トイレ無し先頭車であるキハ185形1000番台のトップナンバー。
JR北海道のN183系のような先頭車であるが、あちらは車体が全鋼製であるのに対し、こちらはステンレス。

そもそも、キハ185系はJR四国向けに製造されたものである。そのJR四国において後継の特急車両が導入されたため、余剰となった車両がJR九州に売却されたものだ。

列車交換@豊後荻駅
豊後荻駅にて大分方面行きの九州横断特急とすれ違う。

現在乗車している豊肥本線であるが、2012年7月11~14日にかけて襲った九州北部豪雨により橋梁や路盤が流出するなどの被害を受け、7月13日に緒方~肥後大津間が不通となってしまった(参照:豊肥本線 - Wikipedia)。乗車のたった4ヶ月後のことである。
その被害であるが、片勾配となっている坂の上トンネルにおいて、高い方の坑口から水が流れ込み、低い方の坑口へと道床や軌道もろとも麺類のようにぐにゃりと押し出されるといった有様であった(参照:九州北部豪雨、JR豊肥本線の被害130カ所 :日本経済新聞 - 2012/7/31付)。
その後は順次復旧工事が進み、翌年2013年8月4日に豊後竹田~宮地間が復旧し全線で運転再開となった。
しかし今度は2016年の熊本地震の前震によって、阿蘇外輪山の熊本側、宮地~熊本間が不通になった。さらに本震では赤水~立野間に土砂が流入し、記事執筆時の2017年3月現在でもこの区間を含む阿蘇~肥後大津間は復旧の目処が立っていない。

豊後荻駅駅名標
豊後荻駅の駅名標。

豊後荻駅駅舎
豊後荻駅の駅舎。
地域の施設と一体になっている。

キハ185-1001車内
キハ185-1001の車内前方。
自由席ながら、デッキと客室間の壁がガラス窓になっており、前面展望が望める。

キハ185-1001車内
客室後方。

豊肥本線沿線風景@阿蘇付近
阿蘇の外輪山を越えて、カルデラを見下ろす。

豊肥本線沿線風景@阿蘇付近
カルデラへ降りてきた。

キハ185-1001@宮地駅
13:38、宮地駅に到着。
キハ185系と阿蘇の山々。

宮地駅駅名標
宮地駅の駅名標。
SLが描かれているのは、かつて豊肥本線を走っていた「SLあそBOY」時代に作られたものであるからであろうか。

宮地駅改札口・みどりの窓口
改札外へ。
ソース不明であるが、ここの窓口は豊後竹田駅同様、POS端末設置駅であるらしい(参照:宮地駅 - Wikipedia)。

宮地駅入場券(券売機券・小児券)
宮地駅入場券(券売機券・小児券)。

宮地駅駅舎
駅舎。
軒先は瓦葺き、駅本屋はトタン屋根。

宮地駅前風景  
宮地駅前の風景。
街の奥に阿蘇の外輪山が見える。

宮地駅駅名標
改札内へ。
こちらはイラストの無い駅名標。

宮地駅ホームから熊本方を望む
駅ホームから熊本方を望む。

キハ147 182@宮地駅
次に乗車するのはこちら、キハ147。
キハ14x形というと50系51形客車改造のキハ141系があるが、こちらはキハ40系の40形・47形を改造したものであり、キハ141系やJR西日本のキヤ141・143形などとは別の車種である。
1990~1993年にエンジンの高出力化改造を施しており、原型の220馬力から360馬力にパワーアップしている(参照:国鉄キハ40系気動車 (2代)#キハ140形・キハ147形 - Wikipedia)。

キハ147 182車番
キハ147 182車番。

サボ(肥後大津⇔宮地)
ドア横のサボ。
肥後大津行の列車であるが、私がこれから乗るのは立野まで。
13:46、普通 肥後大津行 436D(キハ147 182(先頭車) 2両ワンマン)乗車。  

阿蘇駅ホーム
阿蘇駅に停車。
先述の通り、熊本地震により2017年3月現在は豊肥本線阿蘇~肥後大津間が運休しており、大分方面から来た場合は鉄道の暫定的な終点となっている。

内牧駅駅名標
内牧駅停車。

内牧駅駅舎
こちらも瓦葺きの駅舎。

豊肥本線沿線風景
走行中、山の方へ目を遣ると、稜線から火の手が上がっていた。
これは山火事ではなく、阿蘇の野焼きと呼ばれるもの。
阿蘇は年間2500mm以上も雨が降るため、草原を放置しておくと、やがて藪になり、最終的には森林になってしまいます。いばらなどの潅木が草原内に侵入するのを防ぐために、草原に火を入れ、これらの潅木や樹木の幼木を焼き払うことで阿蘇の草原は千年以上も維持されてきました。
とのことである。
野焼きは毎年3月中旬~下旬に行われており、その規模の大きさは交通規制がなされるほどである(参照:なぜいま、阿蘇の草原再生なのか - 阿蘇草原再生プロジェクト - 環境省HP野焼きにおける道路規制 – 阿蘇市ホームページ)。

赤水駅ホーム
赤水駅に停車。
野焼きの煙がよく分かる。

豊肥本線沿線風景
平地でも野焼きを行っているらしく、畑の一部が白い煙に覆われていた。

豊肥本線沿線風景
黒川を渡る。
黒川は阿蘇カルデラの北側を流れる川で、南側を流れる白川に立野付近で合流する。

豊肥本線沿線風景
国道57号と並走し、さらに向こうに阿蘇山。

豊肥本線車内から見た阿蘇大橋
少し行くと、黒川の渓谷に掛かるアーチ橋が。これは国道325号の阿蘇大橋。
2016年の熊本地震で、まさに今乗車している地点付近の斜面が、山頂から大きく崩壊してしまった。豊肥本線、それに並走する国道57号だけでなく、阿蘇大橋の橋台をも飲み込み、橋も崩落してしまった(参照:地震で消えた「阿蘇大橋」 記者が見た崩落の惨状 :日本経済新聞 - 2016/4/23)。
その後、2016年7月29日、下流(南側)にラーメン橋での建て替えが行われることが決定されたとのこと(参照:国道325号阿蘇大橋 橋梁形式について - 九州地方整備局(PDF))。

豊肥本線車内から見た阿蘇大橋
豊肥本線と並走する国道57号であるが、こちらも復旧ルートが2016年7月6日に決定された(参照:報道発表資料:国道57号北側復旧ルートの決定 - 国土交通省)。
阿蘇市赤水付近(赤水駅の北側)から大津町引水(肥後大津駅~瀬田駅の中間付近)まで、4kmのトンネルを含む13kmの新ルートで立野付近を北側に大きく迂回する経路となった(参照(地図):国道57号 北側復旧ルートの決定 - 国土交通省(PDF))。今後は早期復旧に向けて詳細設計などを行っていくとのこと。

豊肥本線沿線風景
阿蘇大橋付近を過ぎてさらに進むと、左手に棚田。
その先には熊本の平野が。

豊肥本線沿線風景
急勾配を下る。
線路脇の家屋の塀の傾きでその勾配の度合いがよく分かるだろう。
ちなみに、この辺りから左手に徒歩で距離にして7~800mほど坂を下ると立野駅に至るが、鉄道はここから距離にして1.5kmほど坂を下って行き、スイッチバックで折り返してさらに1kmほど坂を下らなければならない。

豊肥本線沿線風景
という訳でそのスイッチバックへ入る。
運転士は荷物やブレーキハンドルを持って進行方向後ろの運転台へ向かう。

豊肥本線沿線風景@立野スイッチバック
スイッチバックで折り返し、立野駅方面へ。
登っている線路は今しがた走ってきた阿蘇・大分方面からの線路。

キハ147 182車内
車内の様子。
座席のモケットが変えられ、冷房化改造がされている点以外はほぼ国鉄時代のままだろうか。

立野駅ホーム
14:33、立野駅到着。
2枚のミラーに2つの列車。

立野駅ホーム
左は乗車してきた列車、右はここですれ違い、宮地方面へ向かう列車。

その12に続く
[春の九州鈍行旅2012 記事一覧はこちら]

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