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切符、食、時々長旅。@忍者ブログ

切符レポや旅行記を中心とした、切符、食、時々長旅。(http://arthur8.yamagomori.com/)のサブページ的ブログ。週1回程度のペースで更新。

宗谷本線往復旅2011(その7:稚内駅・防波堤ドーム)

[宗谷本線往復旅2011 記事一覧はこちら]
その6の続き。

正午を前にして稚内駅に到着。
日本最北端 稚内驛 看板
日本各地の駅からの距離(画像は合成)。
旭川からですら260kmはある。ちなみに画像中の駅で下車したことがないのは指宿駅のみ。
日本各地からの距離看板(合成画像)
「日本最北端の駅」の標柱と線路終端部。上の画像にある日本最南端の駅・西大山駅にはこの標柱にそっくりなものが立っている。それについては九州乗り鉄旅行の記事でそのうち紹介したい。
稚内駅ホーム・日本最北端の駅標柱
改札を出る。旭川からお世話になったキハ54 513と「最北端の線路」の看板がガラス越しに見える。
稚内駅の駅舎は訪問した2011年の春、すなわち訪問の半年前に建て替えられており、駅舎新築に際して線路の短縮と、1面2線であった駅ホームの1線化が行われた。それに伴い、現在の駅前広場となっている一角にかつて立っていたこの「最北端の線路」の看板も、この位置へと移動した。
稚内駅・最北端の線路看板
稚内駅ではB型硬券入場券とD型観光硬券入場券の発売があったので購入。
B型は一般的な様式。
稚内駅B型硬券入場券(2011/09/18)
D型は「日本最北端の駅」。なお、本券購入当時の駅舎はプレオープンの段階であり、券面デザインのような状態ではなかった。一足早く入場券の中で完全開業した格好になる。
稚内駅D型観光硬券入場券表面(2011/09/18)
裏面。
稚内駅D型観光硬券入場券裏面(2011/09/18)
日本最北端の駅

日本最北端の駅・稚内駅は、昭和14年2月1日に稚内港駅(昭和3年12月26日開駅)を稚内駅に、従来の稚内駅を南稚内駅に改称しました。前駅舎(昭和40年10月1日落成)を経て現在の駅舎が平成23年4月3日に開業しました。稚内の地名は、アイヌ語の「ヤム・ワッカ・ナイ」(冷たい水の出る沢)が語源となっています。

駅舎を出る。前駅舎のあった右側は新駅舎の造成中。
「JR稚内駅」の文字もどことなく仮説の匂いがする。
稚内駅駅舎正面入口

この後は宗谷岬へと向かう予定であったので、駅舎隣にある宗谷バス稚内駅前バスターミナルにて、宗谷岬までの往復割引切符を購入。
当時の価格で往復2430円であった。
宗谷バス宗谷岬線往復切符(2011/09/18購入)

左がバスターミナルの入っている宗谷駅舎。駅舎のリニューアルに伴い、稚内市にはしばらく無かった映画館が開業し、晴れて(?)日本最北端の映画館となった。セイコーマートも入居しているが、ここより北、ノシャップ岬に向かう道沿いにもう2軒セイコーマートがあるので、残念ながら「日本最北端のコンビニ」や「日本最北端のセイコーマート」の座は有していない。
また、この交差点は国道40号の終点かつ国道238号の起点となっており、日本の国道の最北端である。
前回の記事の終盤で既にお気づきかとは思うが、稚内近辺にはありとあらゆる「日本最北端」が遍在している。当旅行記でもうんざりするくらいに紹介していきたいと思うのでお付き合い願いたい。
稚内駅前交差点

バスの発車までは1時間半以上ある。という訳で、駅周辺を散策しよう。
稚内港北防波堤ドーム側面
稚内市街の有名な建物といったらこれ。駅から徒歩5分ほどで稚内港北防波堤ドーム(外部リンク・稚内市HP)だ。
稚内港北防波堤ドーム正面
由来の説明文。
この防波堤は 戦前 稚内~樺太との定期船発着所として築設されたもので アーチ型構造物として立案され 昭和6年に着工し 昭和11年に完成したものであるが 激浪のため老朽が進み 昭和53年より改良施工し 完成は昭和55年である この構造物の名称は 古代ローマの柱廊を思わせる独特の外観が通称「ドーム」と呼ばれ世界で唯一のものである
稚内港北防波堤ドーム説明文
「稚内~樺太との定期船」とは、国鉄の稚泊ちはく連絡船のことであろう。鉄道連絡船として旅客や貨物をこのドームまで直接輸送するため、稚内駅から線路が繋がっていた。完成は昭和11年(1934年)、終戦による稚泊連絡船の廃止が昭和20年(1945年)であることから、ドームが実際に駅施設として活用されたのは僅か9年であったとみられる。
しかしその後半世紀以上にわたり、港を守る防波堤として役目を果たし続けている。

ドーム入口脇にある階段に登って周囲を見渡す。
眼の前の左にある高い建物は稚内全日空ホテル。中央奥のオレンジの建物は駅前にある観光施設の「北市場」。そのすぐ右側の白い建物が稚内駅だ。かつては駅からこのドームまで伸びていたという線路の痕跡も、空き地や駐車場が広がっているところくらいにしか残っていない。
稚内市内(稚内駅方面)
山側。中央の塔は開基百年記念塔(外部リンク・稚内観光協会HP)。
塔のある稚内公園には、かつて日本最北端のロープウェイがあった。しかし老朽化に伴い、2006年3月に稚内公園スキー場ともども閉鎖されたとのこと。これによって日本最北端のロープウェイの座は層雲峡の黒岳ロープウェイに移ったと思われる。
稚内市内(稚内公園方面)
ノシャップ岬方面。写真中央右の防波堤はノシャップ岬手前にある恵比寿の漁港のもので、岬はちょうどそれに隠れる位置にある。
稚内市内(ノシャップ岬方面)
宗谷岬方面。奥に見える山は決してサハリンなんかではない。
例によって宗谷岬もあの山の陰になる場所にあると思われる。
宗谷岬方面を望む
ドームの屋根上にも欄干のようなデザインが施されている。
稚内港北防波堤ドーム正面
下に降りて中を覗く。吸い込まれそうな奥行き。全長427mだそうだ。
稚内港北防波堤ドーム内部その1
奥へと歩いて行く。ツーリングや自転車旅をしている人々のテント場となっているらしく、ぽつぽつ小さなテントが設営されていた。
稚内港北防波堤ドーム内部その2
防波堤ドーム内にある銘板。
稚内港北防波堤ドーム内銘板

ドーム脇にあったC55 49の動輪。かつてはSLがまるごと保存されていたようだが、潮風に当たりやすい環境であったために塩害が進行し、現在では動輪のみが残されている状態だ。
C55 49動輪

ドーム横の埠頭には海上保安庁の巡視船れぶんが停泊していた。
稚内港停泊中の巡視船れぶん 
ちなみにこのPL117、2014年3月に「巡視船するが」と名前を変え、静岡県の下田海上保安部に転属したとのこと(巡視船れぶんHP - 海上保安庁)。巡視船れぶんには新たにPL72が建造され、任務についている(PL117→PL72 - 海上保安庁)。

一旦稚内駅に戻る。液晶モニターの発車標には特急サロベツの案内があった。
稚内駅発車標 

国道から1本山側に入った通りを行く。よくある地方の商店街なのだが、アーケードに書かれた店名や商品の案内がキリル文字である辺りは流石国境の街といったところか。
この後、沿道にある食堂でラーメンを食べ、昼食とした。
稚内市内の商店街

昼食後はまた海辺へ向かう。
駅横の踏切から稚内駅を眺めると、ちょうど特急サロベツのキハ183が入線しているところであった。駅構内への進入は15km/hの制限が掛けられているようだ。ホーム右側のスペースが旧駅舎時代にもう1線あった場所。線路は剥がされ、駐車場になっている。
稚内駅停車中の特急サロベツ

駅東側の埠頭にある稚内港国際旅客ターミナル。この記事を書いた2015年春の段階では、稚内~サハリン・コルサコフ(大泊)航路は週2往復である。それもほどんどが平日の発着ということで、土日であった2011年当時の訪問日の閑散具合の理由はそういうことだろう。
この国際航路であるが、不採算であることから、2015年度を以って撤退する方針であることが運行会社のハートランドフェリーから示されている(稚内―サハリン航路、15年度いっぱいで撤退へ ハートランド - 日本経済新聞 2014/9/9)。旅客航路としての稚泊航路はここで幕を閉じてしまうのだろうか。
ハートランドフェリー・稚内港国際旅客ターミナル

こちらはハートランドフェリーの稚内フェリーターミナル。稚内港と利尻島の鴛泊港、礼文島の香深港を結ぶフェリーが発着する。夏の観光シーズンは1日3~4便ほどあるようだ。
ハートランドフェリー・稚内フェリーターミナル

散策もほどほどにして、駅前のバス停へ。市内線のバスが停車している。
このバスをやり過ごしたのち、雨がぽつぽつ降る中、宗谷岬へと向かうバスに乗り込む。
稚内駅前バス停に到着する宗谷バス31系統富士見行き

その8へ続く。
[宗谷本線往復旅2011 記事一覧はこちら]

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